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歩いても 歩いても


ある夏の日、かつて開業医を営んでいた横山恭平(原田芳雄)と妻・とし子(樹木希林)の家に、長女・ちなみ(YOU)一家と次男・良多(阿部寛)一家が訪れてくる。良多は子連れのゆかり(夏川結衣)と結婚したばかりなのに、いまは失業中の身。ちなみは営業マンの夫と2人の子供に恵まれた専業主婦。家族一同が久しぶりに集まったのは、事故で亡くなった横山家の長男・純平の命日のためである。ごくありふれた夏休みの光景、それはいつものように過ぎていくはずだったが…。

歩いても 歩いても 映画作品情報 - シネマカフェ

宇都宮ヒカリ座にて。
離れて暮らす家族が長男の命日に集まるという、ただそれだけの話なのにこれがもうものすごく深い...。いったい家族って何なのだろうと考えずにはいられなくなりました。家族って難しい。。。


この作品から感じたのは「ふつうって何だ?」ということでした。


「普通の家族」「普通の一日」「普通の仕事」


普通の...って言われると何となく分かった気分になるけれど、実のところまったく具体的じゃないから冷静に考えるとどういうことなのかさっぱり分からないし、それでもなお多用される「ふつう」という言葉に聞いているこちらも徐々にイライラしてしまいます。
「ふつうってなんだよ」と阿部が半ばキレ気味に叫んだのも当然のことで、観ていた誰もがこの「ふつう」という言葉に怒りを感じていたのではないかと思わずにはいられません。
一見どこにでもいそうに見えたこの家族だって、長男を事故で亡くしていたり、次男の結婚相手はバツイチだったりとそれなりにいろいろとあった家族なわけで、平均として描かれるふつうというのが実は一番ふつうじゃないんだよなーなどと考えこんでしまいました。


そしてもうひとつとても興味深かったのは、家族というか親に対する感情の複雑さが非常に緻密に描かれていたことです。
例えば、長男が命を賭して助けた少年*1に対する両親の対応を目の当たりにしてしまった阿部のやりようのない感情。幼い頃は欠点や短所などあるとは思っていなかった親を、ひとりの人間としてみた時に見えてくる人間としての底というか等身大の大きさにとまどう感情にとても共感しました。


自身のことに置き換えて考えてみると、自分はどんどん成長する一方で、親はどんどん退化していて、気付けば自分の幼い記憶の中の親の年齢を超えてしまいました。20歳くらいまではずっと一緒に住んでいたせいか親がどういう人間なのか分かっていたつもりでいたのですが、今なんて会って数日同じ時間/空間を共有するだけで途端によく分からない他人になっています。いったいこの人はいったい何なのだろう?と思うこともしばしばで、もう考え方から価値観まで何一つ理解出来ません。なんだか互いに遠いところにいってしまったことを強く感じることが増えてきました。


そんな違和感や言いようのない感情が思い起こされるシーンが多くてとてもよかったです。


そして最後にもうひとつ。
長い長い人生の中で、この作品はなぜこのような一日を切り取ろうと思ったのかわたしにはよく分からないけれど、例えば自分が死ぬ時に不意に思い出すとしたらこんなちょっとだけ特別な一日なんだろうなという気がしました。


公式サイトはこちら

*1:少年は助けられた当時であって、この作中では25歳の青年として描かれているのですが