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ベンジャミン・バトン 数奇な人生


1918年、ニューオーリンズ。黒人女性・クイニー(タラジ・ヘンソン)はある日、置き去りにされた赤ん坊を拾う。のちに“ベンジャミン”と名づけられたその男の子は、すぐにクイニーが営む施設の老人たちの中に溶け込んでいった。そう、彼は80歳の老人の姿で生まれてきたのだ。ベンジャミン(ブラッド・ピット)は、クイニーの惜しみない愛情に包まれ、車椅子から立ち上がって歩き出し、シワが減り、髪が増え…日に日に若返っていった――。80代で生まれ、年を重ねるごとに若返っていくひとりの男の姿を描いた、F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説の映画化。米国・ニューオリンズを舞台に、1918年の第一次世界大戦から21世紀に至るまでの、ベンジャミンの誰とも違う人生の旅路を描く。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 映画作品情報 - シネマカフェ

MOVIX宇都宮にて。
老人として生れ、赤子として死んで行く一人の男性を生涯を描いた作品。外見の成長だけが他人と逆の変化をしているというただそれだけのことなのに、わたしから見たベンジャミンの歩んだ一生はあまりに奇異に見えてしまうのです。このことはとても不思議に感じられたのですが、これは私が普段いかに相手の外見からさまざまなことを想像して、その妄想をその人に対しての先入観として用いているのかということの表れだと思いますし、今までそんなことを考えたこともなかったのですが、そういう自分の一面を垣間見たことに驚いています。
長く生きて身につくのは、豊かな経験に基づく知恵だけではなく、こういった先入観やら思い込みだったりするわけです。


観終わって、生きて年を重ねることの意味や人と人が出会うことの大切さ/儚さ、そして自分自身が生きていることについて悶々と考えてしまいました。
どんな人生を歩んだ人間でも最初と最後は誰もが同じ。生まれて死んでいくというただそれだけなんだということは、それだけを聞けば何も感じないのですが、このように完全に反転した時間軸を持つ人間を見た上で発せられた言葉だと思うと印象は大きく変わります。
ベンジャミンは老いた体で生まれ、人々が老いて朽ちていく中で一人だけそれに逆行して若返り、そして生まれたての赤子のような状態でその最後を迎えるわけですが、これだけ他人と違う人生を送った彼ですら結局は生まれてきて死んだだけでしかないわけです。
ヴェルタースオリジナルのCMを頭ごなしに否定するのは気が引けますが、特別な存在なんているわけもなく、どんな人であっても結局は生と死というものを抱えている存在なのです。
そんなことは先日読んだこの本にも書いてありました。



で、とても面白いと感じたのはこの作品も上の本も同じテーマを掲げた上で出した結論/伝えたいメッセージがとても似ています。
結局死ぬんだから何しても意味ないじゃん、という話ではなくて、死んでしまうのだからこそそのことと向き合うべきだし、やりたいことがあればぜひそうするべきだという意図が感じられました。


もうひとつ。どうしても書きたかったのが、ベンジャミンと他者の時間軸についての話なのですが、ここがなかなかまとまらなくて正直途中でどうでもよくなってしまったので書くのは止めました。
書きたかったのは、ベンジャミンの時間軸が他人と違うのはあくまで肉体の変化だけであり、それ以外の精神の発達などは他者と同じ変化をたどります。つまり外見とはまったく逆で年齢相応の成長をするのです。このことが非常におもしろいと感じていて、あえて体と精神の時間軸を逆転させたのは何でだろうと深読みして考えてみたのですが、これがどうも消化しきれなかったのでまた今度の機会にします。
鑑賞した方の意見を読んだらもう少しまとまるかも知れないので、公開されたら探して読んでみるつもりです。


初の試写会でしたが、始まる前に劇場から説明があった以外は特段何も変わりませんでした。観る前/終わった後にアンケートでもあるのかと思ってました。せっかくタダで見せてもらったんだから何かしらのフィードバックはしたいなと思うわけですが、そういう場がないことはそれはそれで申し訳ないという気持ちになります。


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