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「雷桜」見たよ


江戸時代。徳川将軍・家斉の十七男で清水家の当主・斉道(岡田将生)。初節句に誘拐され、十年以上も山で育てられた後、ある日ひょっこり村に戻ってきた遊(蒼井優)。2人は遊の兄が斉道に仕えたことが縁で奇妙な木、雷桜(らいおう)の前で出会う。決して交わるはずのなかった2人の境遇は、雷桜のように互いに保ちながらも深く絡み合い、運命の恋に落ちていく。叶わないと知りながらも互いの心を求めあう斉道と遊。2人は初めて人を愛し、愛を知ることで心の成長を遂げる。しかし宿命は、2人を引き裂いてしまう…。

雷桜 映画作品情報 - シネマカフェ

TOHOシネマズ宇都宮にて。


突然ですがリーダーとマネージャーの違いって知ってますか?
会社に入りたての頃のわたしはまったく区別が出来なかったのですが、こんな表現を聞いてなるほどと感じた表現があります。

    • リーダー   → 正しいことをする人
    • マネージャー → 正しく物事を行う人


つまり、これからどこに向かって行くべきかを見極めて進む方向を見定めてそちらへ行こうぜ!と鼓舞する人がリーダーであり、リーダーの決めた方向に向かって進むために尽力するのがマネージャーなのです。なるほどなるほど。


さて。
なんで急にこんなことを書いたのかというとこの「雷桜」という映画、公開直後から聞こえてくる観た人の感想のいずれもとても芳しいものではありませんでした。ただ、他の地雷映画に比べるとどう考えてもそこまでつまらないはずはないと思ったのでその確認目的で観に行ったのですがこれが本当にびっくりするくらいつまらなかったのです。たしかに、予告の時点でさほど面白くなさそうだと感じるものはありましたが、でもその予想をはるかに上回る微妙な出来に「いったい何がよくなかったんだろう...?」と観ながらずっと考えていたのですが、そこで思いついたのがこのリーダーとマネージャーの話でした。


この作品、ひとつひとつのシーンはそんなに悪くないんですよ。もちろん「すごくいい」ってほどじゃないんですが、作品全体の印象に比べたら個々のシーンの出来は絶対に悪くないんです。これって最近観た邦画に多いパターンなのですが、ひとつひとつのシーンはすごく印象的だったりしてそれ自体は全然悪くないんですが、全体としてみるといったい何が言いたいのか分からないんです。
どこに向かってるの?これ?っていう感じ。
例えば、この作品はあの一連のプロセスを経てたどり着いたあのラストで一体何を感じろというのか。そりゃ観終わって全体を俯瞰してあれこれ想像すればいろいろと思いつくことはありますが、映画を観ながら伝わってくるものはないんです。
全体をとおして伝わってくる何かがないんですよ。


これって、結局は作品の向かうべき方向をちゃんと見定めずに、ただ目の前にある道をまっすぐ突き進んだ結果だとわたしは感じたのです。
つまり、リーダーを務める人が不在のまま、マネージャー役の人が頑張って撮った作品。そういう印象を受けたのです。
ひとつひとつのシーンはいい。けれど、そもそも進むべき方向が間違ってるっていう状態なんですよね、これって。


全体を引っ張る人がいないということ、つまりメンバーに対して「それでいいんだよ」とか「そうじゃなくてこうすべき」と言える人がいなかったんじゃないかなーというのがわたしの感想。
制作に携わった方には大変失礼な物言いになってしまいますが、すごい残念な作品でした。

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