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「デビル」見たよ


高層ビルでひとりの男が墜落死し、現場に急行したボーデン刑事(クリス・メッシーナ)は、状況から自殺と断定する。だが、同じビルのエレベーターが突然停止し、閉じ込められた5人の男女が照明が消えるごとにひとりずつ残酷な死を遂げる不可解な事件も発生? 殺人犯はいったい誰なのか、なぜ彼らは殺されるのか? 事件を解明しようとする刑事は常識ではありえない事態を目のあたりにし、それが人間ではない“何かの力”によって制圧されていることを感じる。自殺者がオフィスに残していた「悪魔の足音が聞こえる」というメモ、閉じ込められ次々と犠牲になる5人のプロフィール…全ての謎が明らかになったとき、そこには驚愕の事実があった…。

デビル 映画作品情報 - シネマカフェ

TOHOシネマズ宇都宮にて。


エレベーターで密室劇という設定の作品にはいくつか心当たりがあるのですが、正直どれも微妙な作品ばかりでおもしろいとは言い難いものばかりでした。なので「実はこの設定ってあまりおもしろくならないんじゃ...」なんて思っていましたが、本作を観てその考えは決定的に間違っていたことを思い知らされました。
80分という尺の短さもすごくよかったのですが、なによりもよかったのがその80分の最初から最後までのすべてがものの見事に謎と緊張感で満たされていたことなんですよね。もう時間の経つのも忘れて見入ってしまいました。


そういえば先日「悪いと思うなら絶対に謝るな」というエントリーを書いたばかりなのですが、"どんなことをしても誰にも知られなければとりあえず大丈夫"という私の考え方は、"すべての行いを神は見ている"というキリスト教圏の人たちから見たらとんでもなく愚かしいと申しますか、まさに今回悪魔によって裁かれた人たちと同じような考えでしかないことを嫌というほど思い知らされました。


上述のとおり「神がいつでも自分の行いを見ている」と考えて生きている人たちというのは、自らの行いは常に監視されていると考えていてそれを前提として自らの行動を律して生きていますので、神に見られてもはずかしくない行動を取ろうということが自身の行動を選択する基準となっているのです。
ところが以前読んだ本に書いてあったのですが(タイトル忘れたw)、多くの日本人にとってはそのような監視の目というのは神ではなく世間の目でしてそれが倫理の規範となっています。そしてこの「世間」というのは神のような絶対的な存在ではなく、うまく隠せばだましとおせるものだということも誰もがよく知っているのです。だから「世間の人たちに見られてもはずかしくない行動を取る」という規範を定めるだけではなく、「ただし、ばれずにやれば大丈夫」なんていう悪知恵も与えてくれるのです。
そういう意味で、本作はまさに善悪の判断基準の齟齬をぶつけてくる内容となっていて、わたしにはとても耐えがたいものに感じられました。自分がずっと神に見られてると思って生きるのは正直しんど過ぎてつらいし、きっと今みたいな生き方をしてたらわたしも悪魔に殺されるんだろうなあ...いつ来るんだろう...怖いなあ...なんて、あれこれ考えながらブルブル震えずにはいられませんでした。


あとはエレベーターという狭い空間を見事に密室として使い切り、逃れられない死への恐怖をとてもうまく煽っていた点もすごくよかったです。このあたりの見せ方はとても効果的で、閉じ込められた人たちの恐怖や絶望を観客に押し付けたというか共有させてくれたその力量はすばらしいの一言に尽きます。


かなりビビってしまいましたがとてもいい作品でした。


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