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「フローズン・タイム」見たよ

フローズン・タイム [DVD]

フローズン・タイム [DVD]

失恋のショックで不眠症になったアーティストのベン。眠れないため、深夜のスーパーマーケットでのアルバイトをはじめる。不眠症がエスカレートして、ついには自分以外の時間が止まってしまう。

フローズン・タイム - Wikipedia

本作品も「映画を一本おすすめしてください」エントリーで募集して教えていただいた作品です。ありがとうございました。


大好きな子に振られたショックで不眠症になるというところまでは現実でもよく聞く話なのですが、眠れなくなった影響で時間を止めることができるようになるという点がたいへんユニークでかわいらしい作品でした。

大好きだった人に振られてしまったり会えなくなってしまったときの言葉ではなかなか表しようのない喪失感や、そこから立ち直るプロセスなんかはとても切実に描かれていてリアリティを感じさせてくれるのですが、一方で止めることのできないはず時間を止めてしまいその中で自分ひとりが生きているようなSFチックな世界も違和感なく描いているのです。

いっけん矛盾しそうなリアリティと虚構の世界。
この二つの世界がここまでしっくりとなじんで描かれていたのは、単にすごいとかおもしろいというのを超えた「すごいものを見た感」が感じられてとてもよかったです。


ちなみにわたしが「時間を止める」という言葉を聞いて思い出すのは写真なんですね。
写真って「あるとき、ある場所のある瞬間を切り抜くもの」なんですが、それって時間が止まってしまった世界と同じなんじゃないかなと。時間というのは不可逆であるがゆえに誰もが過去に戻ることはできません。ですが、戻りたい過去の写った写真を見ることができたら、いつでも気持ちの上ではそのときに戻れるんですよね。

時間の流れというのは大河のようなものだと思っています。
その流れに身をまかせることは簡単にできるけれどそれに逆らって進むことはもちろんのこと、立ち止まることさえもできないのです。

だから、好きだった子との蜜月や別れのターニングポイントとなったときのことを思い出し「あのころに戻りたい」と過去への回帰をつよく願う気持ちを表すために、"時間を止めてみせる"というのはすごくバランスがよいアイディアだと思うわけです。時間を戻せるようになるというのは明らかにやり過ぎだし、それをやってしまうと物語は途端にそのかがやきを失ってしまうのは目に見えています。

「時間を戻す」という表現をとるのではなく、あえて「時間を止める」に留めていたところには好感と共感をおぼえました。


そしてベン以外が凍り付くように止まっている世界において、まるで氷が解けだすようにシャロンが動けるようになった瞬間に、やや大げさですが打ち震えるようなよろこびを感じたのでした。