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「希望の国」見たよ


日本のある村。小野泰彦は妻、息子の洋一とその妻・いずみとともに暮らしていた。のどかで美しい風景のなかで、酪農を生業としている小野家は、幸せな生活を送っていた。隣家の息子は家業を手伝わずに恋人と遊びまわっては、父親と母親に叱られてばかりいる。ある日、大地震が起き、彼らは避難を強いられることになる。だが、小野家は愛着を持った家をなかなか離れることができない。その渦中でいずみの妊娠が発覚し…。

希望の国 映画作品情報 - シネマカフェ


MOVIX宇都宮で観てきました。

ささやかながらも幸せに暮らしていた人たちが、地震とそれによって誘発された原発事故で生活を壊されていく様を描いた作品でしたが、内容に対する是非はともかく、昨年3月の東日本大震災および福島原発にはっきりと言及していたのはすごいなと感心しました。なんとなくですが、こういうことを映画として描くのってあまり歓迎されないというか、一種タブー視されているような空気も感じていたのでよけいそう感じたんだと思います。

あとは私自身も、震災からまだ十分とは言えるほどの時間が経っていない中で、フィクションとは言えども震災について言及すること自体によいイメージをもっていなかったというのもあります。震災を商用映画の一部として扱うことは、あんな悲惨な出来事ですら飯のタネにしてしまおうというさもしさの表れのような気もしていたのです。


もちろん、言及していたとは言っても事実そのものを描いているわけではさすがになくて、たとえば舞台が福島県ではなく架空の長島県という場所だったり、時間軸は東日本大震災のあとという設定で近未来を想定していたりするわけですが、それでも実際の被災地の映像を織り交ぜたり震災後に行われたことをベースに物語を組み立てているために、自然と先般の震災のときに起こったこととして観てしまうのです。

やや白みがかったファンタジーな色調の映像とは対照的な、重苦しささえ感じるほどリアリティのある物語を真っ向からぶつけられてぐったりとしました。
そしてこの作品を観ていたら、震災からたった1年半が経っただけなのに、しかも福島県は自分が住んでいるところの隣県なのに、わたしはもうあの地震のことは忘れかけていてそして過去のこととして消化しようとしていることに気付いてしまいました。まだなにも終わっていないのに、目の前にある危機としてとらえずに過去のこととして処理しようとしていることにこの作品は気付かせてくれたとも言えます。


そんなわけで、作品を観て目を背けつつあったことと向き合ったことはよかったと思うのですが、一方でタイトルとは逆に救いのなさを突きつけるように丁寧に語られる物語があまりにしんどくて正直観ていて疲れ果ててしまいました。


家にいるのにおうちに帰ろう、帰ろうと繰り返す認知症の母といつも「あと10分したら帰ろう」とやり過ごす父。
放射能から逃れてやっとたどり着き、ここが安住の地だと思っていた場所でも高い放射能を示す場所があることを知ってしまった男性。


日本にはもう帰る場所なんて無いんだよと言いたいのかと思わずにはいられないようなシーンが目について、そむけたくなりました。


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