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「人生、いろどり」見たよ


徳島県の山間部にある上勝町。人口は2,000人に満たず、さらに48%が高齢者という典型的な過疎化が進んだ町で、みな未来が見えずにいた。ある日、農協の職員が道端の葉っぱを料理のつまものにするビジネスを考えたが、周りはバカにして誰も取り合ってくれなかった。しかし、やってみよう! と数名の女性たちが立ち上がり、ビジネスを成功させようと奮闘する。果たして、ビジネスは成功するのか――。

人生、いろどり 映画作品情報 - シネマカフェ

宇都宮ヒカリ座で観てきました。

地場産業がなにもない過疎のすすんだ小さな町で起きた実話を題材にした作品でしたが、とてもおもしろかったです。
生きていくため、自分の居場所を自分で作るため、そして自分が自分であることを認めてもらうためにあらたなビジネスの創出に躍起になる人たちの姿がとてもリアリティがあって非常におもしろかったです。

無理をして新しいモノに手を出すのではなく、低く評価してしまいがちな身近にあるモノの価値をきちんと再評価したうえで、「どうやったら売れるのか?」「どういう人たちに売れるのか?」というところをちゃんと見極めていく様子は、とても頼もしく感じました。


売れるモノと売れないモノを見極めるというのは簡単なようで、実はひじょうに難しいことだと思います。
そもそも売れるモノが簡単にわかるのであれば、だれも苦労なんかしないですよね....。


たとえば、アイディアも具体的な売りたいモノも何もないところから商売を始めようとしたときに、商品とするモノをまずは選ぼうとしたときに「自分から見て価値を感じるモノ」、具体的には遠くで買わなければ手に入らないモノやいますぐ欲しいけど手に入れられていないモノを選んでしまいがちではないかと思います。

それは自分から見て価値があると判断できるものを選ぶからであって、そういったものでなければ売れないと考えてしまうからだからですし、その考え自体は分からなくはありません。むしろ自分が欲しいと思わないモノは売ろうとは思わないだろうとも思います。

ただ、モノが売れるか売れないかというのはあくまで消費者が欲しくて手が届くと判断するかどうかであって、選者の価値判断というのはまったく無関係なんですよね。

選者の価値判断で測ることができるのは、あくまで選者が買いたいと思うモノかどうかということなのです。


"料理を彩る素材として葉っぱを売ろう"という言葉に対して、当初町の人たちは「葉っぱなんて誰が欲しがるんだ」と一笑に付します。
たしかにそこらへんにあるあるモノを売ろうというのですからその反応はごく当然のことかも知れませんが、でもその判断は近くに葉っぱのある人たちの価値判断であって、「そばに飾りたくなるような葉っぱがない人たち」のニーズをまったく無視した判断だと言えるわけです。


たしかに町の人で葉っぱが欲しいという人はいないかも知れません。

そしてその感覚を「おそらく日本のすべての人たちがそうであろう」と拡大解釈してしまったことも気持ちとしては分からなくもありません。というのも、わたしが生まれ育った秋田県では修学旅行のシーズンになるとテレビで修学旅行のCMが流れるのですが、生まれてからずっと目にしていたためにこれは日本全国どこでも同じようにやっているのだろうと思っていました。

ところが一歩秋田県から出て見れば、そんな風習があるのは秋田だけで、修学旅行のCMがあることを話すだけで笑いがとれるくらい他の地域からみたら異様な慣習なのです。


「どこの地域も同じだろう」と思い込むのではなく、地元の魅力を再発見してそれを外に売り込むことがもっとも正しい地域活性のあり方なんだろうなと感じたし、その理想的なお話だなと思いながら鑑賞しました。


舞台となった町の雰囲気もすごく田舎っぽくてよかったし、キャストもとてもよくてよい作品でした。


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