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「テッド」見たよ


1985年・ボストン郊外。いじめられっこにも相手にされない独りぼっちの少年・ジョンは、クリスマスにプレゼントしてもらったテディベアと、本当の友達になれるよう天に祈りを捧げる。翌朝、ジョンの祈りは通じ、魂が宿ったテディベア“テッド”はジョンと約束する「一生親友だよ」と。それから27年。ジョンとテッドはすっかり30代のおっさんになり、約束通り“親友”として今日も自宅ソファーでマリファナを片手にB級映画を満喫。一時は「奇跡のテディベア」ともてはやされセレブになったテッドも、幻覚キノコで逮捕されてからは人気が急降下し、いまや下品なジョークと女の事で頭がいっぱいの中年テディベアになっていた。そんな中、4年間付き合っている彼女・ローリーに、「あたしとエロテディベアのどっちが大事なの?」と究極の選択を迫られ、テッドから自立することを決意するが…。

テッド 映画作品情報 - シネマカフェ

TOHOシネマズ宇都宮で観てきました。


友だちがひとりもいなかった少年ジョン。

いじめっこにさえ相手にされなかったジョンはいっしょに遊べる友達が欲しいとつよく願うのですが、ある日大事にしていたテディベアがしゃべるようになってジョンの友達になってくれるというたいへん心温まるストーリーで物語は始まります。一生友達でいることを誓った二人(二人というか人間一人と人形が一体)は何十年も一番の友達として過ごすのですが、年を重ねれば置かれている環境も変わるため、ただいっしょにいて楽しく過ごすというたったそれだけのこともむずかしくなっていきます。


一番大事なのは友達か?それとも恋人か?


本作は、そんなありふれたテーマを「しゃべって歩くテディベア」という反則といっても過言ではない飛び道具をうまく活用して描いているとてもおもしろい作品でした。ドラッグに手を出したりバイトをさぼってセックスしたりするというまったく笑えない行動や下品過ぎるギャグも、その発言や行動の主体がテディベアというだけで許せたり笑ってしまうのはこれはもうずるいとしか言いようがありません。




かわいすぎる....。


ところどころ笑いのツボがわからない部分もありましたが、見た目のかわいさと行動のギャップが生み出すおもしろさだけでも十分過ぎるくらい満足しました。


くわえて「テディベアが人間のようにしゃべったり歩いたりする」という異常な状態をジョンだけでなく世間一般からも普通に受け入れられているという設定は、昨年観た「ザ・マペッツ」をほうふつとさせられましたが、こういう世界観がわたしはとても好きなんだなとあらためて実感しました。


そういえば、この作品の冒頭を観ながらわたしは幼い頃にキティのぬいぐるみを毎日抱きしめて寝ていたことを思い出しました。
そんなに大きなぬいぐるみではなかったのですが、寝るときはいつもいっしょというくらい大好きでそのせいかやたらとボロボロになっていたことはよくおぼえています。何があっても手放さないわたしに業を煮やした母が、ある日勝手に捨ててしまったのですが30年近く経った今でも覚えているくらい強烈なショックを受けました。

もしあのキティが捨てられていなかったら、とつじょしゃべるようになって、わたしの無二の友達になってくれたんじゃないか....なんていう想像を本気でしたくなるほど、胸の奥にあった幼い頃の願いを刺激するテーマとやたらリアリティのあるストーリーがとても気に入りました。



そしてもうひとつ最後に。

観た人の中ではかなり賛否が別れた字幕の意訳問題*1ですが、わたしは違和感をおぼえる派でした。外国人同士の会話なのに"くまモン"とか"星一徹"のような日本国内でしか使われない単語を使ったやり取りが出てくると雰囲気が出ないしできればこの字幕はご勘弁願いたかったなというのが率直な感想です。


ただ「絶対にこれじゃダメ!」と目くじらを立てるほどではないし、ひとつの試みとしては悪くないとも思うのですが、次回作にはこの経験を活かした字幕(==過度な意訳はしない字幕)にして欲しいと願わずにはいられません。ぜひよろしくお願いします。


公式サイトはこちら

*1:具体的な内容についてはGoogle先生に「テッド 字幕 意訳」で検索していただくと見つかります